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2009年3月27日 (金)

春は来るハズ。

 年度末、である。

 多くの企業にとって、3月は決算月。売上未達成の営業マンは最後の追い込み。商店ではバーゲン。経営者は資金繰りに走る。(鉄道の人身事故が増える季節でもある。くれぐれもご自愛を)。

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 人事異動も多い。

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 そして4月になると人心一新、新入社員も入ってきて、新しい年度が始まる。

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 Spring has come.

 春は来るハズだ。 そう信じたい。

 話は変わるが、WBCは2年に一回の開催のハズが、次回は4年後になるのだそうだ。(アメリカが優勝できるようにまたルールでもいじるのかな?)。イチローは記者に「次も出ますか」と聞かれ、「4年後なんて、生きているかどうかもわからない」と答えていた。至言である。

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 同じくイチローの名言。

「こころが折れそうになっていた」

 よく、断酒のきっかけとされる「底つき感」が理解できないと言う人がいる。だったら、イチローの言っていた「こころが折れる」というのはどうだろうか。

 だれもがイチローのようなヒーローになれるわけではない。でも、あのイチローでさえギリギリのところで勝負しているのだ。ならば我ら凡人は、こころ折れても、またそこから花を咲かせていくしかないではないか。

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  それにつけても「春は来るハズ」。 我ながら、名訳だなあ。

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2009年3月18日 (水)

西原理恵子とアル中の男たち

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 漫画家の西原理恵子が3ヶ月ほど前に出版した「この世で一番大事なカネの話」(理論社)という本は、中学生あたりを対象とした「よりみちパンセ」シリーズの一冊だが、大人が読んでも唸らされる。今回は、その中からアル中に関する記述を抜粋してみる。

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 まず、実父について。

「わたしと血のつながったお父さんは、お酒を飲むと手がつけられないほど暴れたらしい。お母さんは子どもたちを守るために離婚して、自分が生まれた町に帰ってきた。お父さんはアルコール依存症で、わたしが三歳のときにドブにはまって死んだ。だからわたしには血のつながったお父さんの記憶がない。」

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 そして、夫となった戦場カメラマン・鴨志田穣、愛称「鴨ちゃん」について。

 彼は西原と結婚した後、アル中となった。酔っては暴言をぶつけられる生活。へとへとに疲れ、離婚した。そこからが鴨ちゃんの偉いところだった、と西原は言う。彼は専門施設に入院し、アル中を克服しようとした。西原の文章が泣かせる。

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「アルコール依存症っていうのは、おそろしい病気なんだよ。家族の愛情や支えでどうにかしようっていうのが、まちがいなの。病気だから、専門の病院にかかることが必要だった。そのころにはトイレで大量の血を吐くほど、重症になっていた鴨ちゃんは、それでも入院して、その病気に立ち向かった。

 病院で、ひとりぼっちで、自分の心に開いていた深い暗い穴と闘った。

 きっととてもこわかっただろう。うんと心細かっただろう。

 それでも必死で立ち向かって、とうとう勝った。アルコール依存症という病気をちゃんと治して、家族のもとに帰ってきたんだよ。」

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 でも、そのとき鴨志田は末期癌に侵されていて、復縁して半年後、帰らぬ人となった。

 ぼくはアル中にささげられた文章で、この西原の言葉ほど身にしみて、身につまされ、泣きたくなるようなものを、今まで読んだことがない。

 鴨志田をうらやましいな、とさえ思った。

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 おそろしい病気だったとわかってくれる人がいるだけで、こころはずっと軽くなるはずなのだ。たぶん。きっと。

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2009年3月 9日 (月)

ボクシング・金平会長のアル中告白

 協栄ボクシングジム会長の金平桂一郎が書いた「拳の真相―わが父と11人のチャンピオンたち」という本を読んだ。

 とくにボクシング好きというわけではないが、亀田兄弟をめぐる一連の騒動の中で、ひときわ人相の悪い男がいて、なんだか自分と同類のにおいがして気になっていた。顔はどす黒く、目の下には隈ができていた。それが金平桂一郎だった。

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 その自伝によると、ソ連留学中にウォッカを覚え、父・金平正紀の死後27億円の負債を抱え、様々なプレッシャーでアルコール依存症になっていったという。亀田興毅が協栄ジムに移籍してきた2006年暮には、ガンマGTPが2864まで上がり、ドクターストップがかかったとか。やはりあの悪相はアル中のものだったかと思い、同時に少し親近感もわいてきた。(ちなみにぼくのガンマ最高値は3000を超えていた。勝った……とかの問題ではないけど)。

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 金平は本の中で、アル中についてこう結んでいる。

「今は大丈夫ですが、この先どうなるかはわかりません。もしかすると、五年後、十年後にまたお酒を飲み始めたら、堰を切って飲み続けるようになり、命を縮めるかもしれません。……そういった不安感は常に抱いています。お酒をおいしいと感じるようになる自分を見たくないから、断酒をしているようなものです。今は、その恐怖心との戦いの真っ只中にいます。」

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 彼は施設にも断酒会にも入らず、自力で断酒をしているようだ。なにかと裏のありそうな世界に身をおいての拳闘、じゃなくて健闘、陰ながら応援させてもらいまっせ。(ぼくの運転免許証の写真はアル中時期のものなので、やはりかなりの悪相に写っている。はやく更新したいのだが。)

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2009年3月 3日 (火)

三平のDNA

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「談志師匠に言われたの。三平の狂気を引き継いでいるのは泰葉ちゃん、あんたなんだから、自信を持ってやればいいって」

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 スポーツ新聞か週刊誌で何気なく読んだ記事が、妙に印象に残っている。

 小朝との離婚騒動以来、なんだかすごいことになっている泰葉が、立川談志にそう言われた、というのだ。

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 言えてるな~。さすが談志師匠。

 林家三平は今でこそ「昭和の爆笑王」なんて伝説化しているが、ぼくはテレビでリアルタイムの三平を見ていて、噺家としてそれほど評価はしていない。

 むしろ三平の芸は、子供心に「恥ずかしい」ものだった。それが何なのか長い間疑問だったのだが、「狂気」と言われてみれば、なるほどと腑に落ちる。

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 泰葉の言動に見る恥ずかしさと、三平の芸に感じた恥ずかしさは、たしかに同質なものに思えてきた。そーか、それは「狂気」だったのか……。

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 もって生まれた狂気は、怖いもの知らずだ。凡夫である我々が真似をしようとすると、大やけどをする。 狂うことにも、才能は必要らしい。

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