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2007年3月28日 (水)

うつ病は心の骨折

 4月に発行予定の本で、おもしろいタイトルを見つけた。

 「うつ病は心の骨折です――回復するための7つのステップ」(北島潤一郎著・実業之日本社発行)というもの。まだ読んでいないので内容はなんとも言えないが、このタイトルは秀逸だと思った。

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 以前にも書いたが、ぼくは「うつ病は心の風邪」という言い方が好きではない。

 風邪なら放っておけば治る、くらいのニュアンスが感じられるからだ。

 鬱で自裁を考えるほど追い詰められた人間なら、「風邪はないでしょう」と思うのではないだろうか。せめて肺炎だよな、と思っていたら、「うつ病は心の骨折です」ときたので、おもわず頷いてしまった。

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 捻挫ならともかく、骨折したら誰だって医者の治療を受けるだろう。

 うつ病は現代病だといわれる。昔はうつ病なんてなかった、現代人はひ弱になったと、したり顔でいう評論家もいる。

 骨折だって、そりゃあ原始人なら放っておいて治したかもしれないが、骨折の理屈がわかってからは、接骨師なり医者にかかって、治療を受ける。

 うつ病も骨折と同じだ。放っておかないで専門医にかかる。極めて明快だ。

 ただ、心は骨よりとても複雑に出来ている。そこが難しいところではあるけれど。

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 同じように、「うつ病の人に『頑張れ』と言ってはいけない」、という常識にも違和感があった。

 これも、「『頑張っているね』と言おう」という文章を見つけて、これだ、と思った。

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 たしかに、「頑張れ」には一種の脅迫感がある。それを嫌がる人が多いのは確かだが、ぼくはそれほどこだわらなかった。でも、今から考えると、ぼくのまわりの人は「久里浜君、頑張っているね」というニュアンスで励ましてくれていたのだ。

 この文章は、「がんばらない」という著書で有名になった医師の鎌田實氏が、週刊誌のエッセイで書いていたものだ。さすがにわかっている人は、わかっている。

 

 

2007年1月31日 (水)

「鏡の法則」と内観法

 昨年(06年)5月に発売され、すでに60万部に達している「鏡の法則」(野口嘉則著・総合法令刊)という本がある。

 活字が大きく100頁にも満たない本で、30分くらいで読めてしまうのだが、内容が現代人の悩みにフィットしたのと、泣かせる要素がヒットの要因らしい。

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 あらすじは、子供がいじめにあっているのに悩む母親が、あるコンサルタントのアドバイスから「感謝する心」を取り戻すと、すべてが好転し始めた、というもの。なかでも、両親にしてもらったことを書き出し、父親に「これまで育ててくれてありがとう」と電話すると、父親が泣き出してしまったという場面では、ちょっとほろりとさせられる。

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 あとから知ったのだが、これは日本で開発された心理療法の「内観法」を応用したもののようだ。

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 ぼくの場合、鬱病からアルコール依存になっていったのだが、アルコールをやめても、元にある鬱気質はなくならないので、「こころの持ち方」には関心がある。

 

「鬱病は薬で治る」とよく言われるが、ぼくの実感としては、薬プラス「こころの持ち方」が必要だと思う。これは「断酒」についても同じで、だから専門病院では、自分がアルコールについてどのような考えをもっており、それをどう修正したら断酒できるか、という「認知療法」というプログラムが組まれている。

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 で、内観法についてだが、ある人気カウンセラーは、師匠に当たる人に「内観法こそカウンセリングの最終兵器だ」と言われた、というほど評価の高いものらしい。ネットで調べたら道場などが各地にあるようだが、簡単にその概要を抜粋してみると、内観法の具体的なやり方は、父母、兄弟姉妹、配偶者などの身近な人に対して

・ していただいたこと 
・ して返したこと 
・ 迷惑をかけたこと

という3つの観点で自分自身を見つめていく、というもの。

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 自分が生きやすくなるためには、自分を変えていくのが一番の近道だ。それは変節ではなく、たましいの成長と考えればいい。 それにしても「内観法」、いかにも日本的だなあ、と思った。

 ちなみに、ぼくは家をリフォームしてから毎朝晩、仏壇に手を合わせているが、これも一種の「内観法」といえるかもしれない。

 

2006年11月15日 (水)

いじめと自殺について考えたこと

いじめによる子どもの自殺報道が相次いでいる。

 なかには去年の事例とかもあり、昨日今日の問題ではないだろうと思うのだが、マスコミというのは火がつかないと取り上げないし、一度取り上げると加熱して混乱に拍車をかける。

 それはともかく、子どもは純真だなんて嘘っぱちで、残酷でわがままなものだと思った方がいい。いじめはなくならない。金輪際なくならない。それどころか、大人になってもいじめはなくならない。ただ、質と形が変わるだけだ。 でなければ、この世から差別や戦争はとっくの昔になくなっている。

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 問題は、小学生や中学生の年齢で命を絶ってしまうことだとぼくは感じる。

単純に、もったいない。

せめて20歳、いや、今は精神年齢が低下しているから、30になるまで持ちこたえられないか。 恋愛もSEXも知らずに死ぬなんて、もったいないじゃないか。

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大人も含めて、自死する人はその直前はうつ状態にあるはずだ。

そしてうつ病の鉄則とされているのが、『うつの時に重大な決断はしない』ということ。

離婚、退社、そして、生きるべきか死ぬべきか。

心がまいっているときは、何もしない。引きこもったっていい。逃げたっていい。

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状況が変われば、考え方も変わる。

子どもに限らず、これは本当に、そうなのだ。

 

 

2006年4月11日 (火)

メメント・モリ(死を忘れるな)

 癌であることを公表していたエッセイストの絵門ゆう子さんが亡くなった。

 享年49歳。ぼくと同い年である。

 NHKで、森本毅郎氏とニュース番組を担当していた。当時はたしか池田裕子という名前だった。美人だがちょっと天然っぽいところがあり、NHKのアナウンサーとしては異色だと思っていたら、やはり独立してフリーになった。ひそかにファンだった。 合掌。

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 断酒しているぼく自身の背骨として、もし自分が癌患者だったら、という思いがある。あるいは戦争末期の特攻隊員だったら。

 鬱で深く沈んでいたころ、自分なりに出口を求めてあがいていた。精神世界や宗教や死に関する本を読みあさったり、般若心経を覚えたりした。

 結果として鬱から抜け出すためには長期の入院と、断酒という決断が必要だったが、そのころ学習したことは自分なりに身となっているようだ。人生は有限だということを意識するようになった。酒がぬけてしらふになっているから、以前よりもっといろいろなことを真剣に考えるようになった。

 もしあと一ヶ月の命だとして、今と同じ一日を過ごすのか? そこからはじめてみようと思う。 断酒してよかったことのひとつに、考える時間が増えたことがある。なんだか青臭いことを考えている自分が、おかしいけれどうれしい。

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 メメント・モリ。フランス語で、 「死を忘れるな」 という意味らしい。

 どうせ死んじゃうんだから。酔っぱらって死ぬのもいいし、しらふで死ぬのもいい。人生とは、死に至るまでの選択の過程だ。でも、縮んだ脳では選択することすらできない。それが怖かった。

 だから、酒をやめている。

 

2006年4月 5日 (水)

失敗!!疲労蓄積

 久里浜アルコール症センターを退院するにあたって、担当のDr.からは注意されていたのだけれど。

 「少なくとも3ヶ月は残業をしないよう」って。

 でも、復職したら、職場は人手が足りなくて火の車だし、それまで迷惑かけていた後ろめたさもあるし、なにより断酒していると体調がよくて、つい張り切りすぎました。

 休日出勤。残業。

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 結果。

 疲れた。

 気分も落ち込み気味で、デパス服用。

 今日は休日出勤の振り替えで、銀行行った以外、な~んにもしないで、本読んで寝っころがっていました。

 頭ではわかっているのだけど。 ゆっくり、ゆっくり、ということ。

 鬱経験のある方、治りかけの方。こんなぼくが言うのもなんなのだけど、あせりは厳禁。身体が疲れれば、心だって疲れます。

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 ここはひとつ、 「なまけもの宣言」 ということで。

2006年3月21日 (火)

ぼくが鬱病になった理由(わけ)

 鬱とは十年来のつきあいになる。

 もともと気質としてあったのだと思う。母が亡くなる前の数年間しきりに不安感をうったえていたが、体質的には母親似なので、受け継いでいるのかもしれない。

 三十代後半から漠然とした不安、気分の落ち込みを不定期で感じるようになり、高血圧の治療で通っていた職場の近くのクリニックに相談し、薬を処方してもらっていた。

 薬は何種類か変えてもらったので全部は覚えていないが、比較的効果があったのがレキソタン。また、しょっちゅう二日酔いで食欲がなかったので、もとは胃腸薬として開発されたというドグマチールは重宝していた(胃薬にもなるので)。話題になっていたプロザックも個人輸入で入手したが、高いだけでぼくにはちっとも効かなかった。その後、専門の医師にかかるようになり、アナフラニールを処方されてずいぶんとつづけた。

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 最初に鬱病で入院したのは五年ほど前。 

 いわゆる 「昇進うつ」 というやつだった。

 それまで関連会社で比較的自由にやってきたのが、昇格して本社に戻るとすべてにおいて勝手が違い、急速に仕事に対する自信をなくしていった。自信がない上には部下だってついてこない。

 ある朝、ぼくの上司の机に匿名の手紙が置かれていた。「無能な人間にはついていけない」というような内容だった。その後何日か、会社のビルから飛び降りたい衝動を覚えるようになり、怖くなって順天堂病院のメンタルヘルス科に駆け込んだ。

 診断は 「緊急入院。明日から」 というものだった。

 そのときは約一ヶ月の入院だったが、じゅうぶんに休んだと思った。あとからふりかえれば、一ヶ月では本当に休んだうちには入らないのだが……。今の日本のサラリーマンで、一ヶ月会社を休むということは、けっこう大きな意味を持つ。ぼくは降格になり、部署もかわった。(そのこと自体に不満はなかった。当然の処遇だったし、むしろほっとしたくらいだった。)

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 退院して一年後に同居していた父親が急死した。

 会社から帰ると、自宅の布団のなかで冷たくなっていた。若いころは反発していたが、最近は自分で言うのもなんだが、親孝行の息子だったのではないかと思う。覚悟ができていなかっただけに、ショックは大きかった。

 今度は 「喪失うつ」 とでもいうことになるのだろうか。鬱がぶりかえし、ひとりぐらしになったこともあって、酒量が増えていった。

 外来で通っていた順天堂の女医さんに、肝臓の値も悪くなっているからお酒をひかえて、と言われたが反発した。ろくにカウンセリングもしないで酒をやめろとしか言わないと逆ギレし、病院に申し出て担当を変えてもらった。自分で酒にブレーキがかけられなくなっていたし、忠告してくれる人をうとましく感じるようになっていた。酒量はますます増えていった。

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 再入院するのにそれから時間はたいしてかからなかった。 入院時のガンマGTPは3000を超えていた。直前の検査では800くらいだった(それでもじゅうぶんに高すぎるが)のだから、急激に悪化したことになる。順天堂病院ではアルコールに対する専門的な治療ができないからといって久里浜アルコール症センターを紹介された。いろいろあって、断酒するために、転院を決意した。

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 転院を待っていたある夜、外来で担当だったあの女医さんが当直で夜の回診に来た。ぼくは恥ずかしさでうつむいてしまったが、彼女はぼくの顔をのぞきこみ 「よかった、表情がゆたかになってきているね」 と言ってくれた。こんな不出来な患者のことでも覚えてくれていたんだと思うと、なんだか胸の奥がじわりと熱くなってきて困った。

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 断酒をはじめたら鬱も軽減していき、今現在はかなり良好な状態だ。むしろかるい躁がはいってきているようで、なんだか元気がいい。いつかぶりかえさないかと、不安になるくらいだ。

 鬱のあの苦しさから開放されるなら、酒とひきかえにしてもいい。

 

 

 

 

 

2006年3月18日 (土)

抗酒剤、服用中

 抗酒剤という薬をご存知だろうか。

 酒飲みの人なら、酒が嫌いになる薬がある、という話は聞いたことがあるだろう。飲めばたちどころに酒がやめられる薬を想像している人もいるかもしれない。

 しかし、この薬を服用したからといって酒が飲みたくなくなるわけではない飲みたい気持ちは服用後もまったく変わらない。私も毎朝服用しているが、焼き鳥屋の前を通るとつい足がとまったりする。

 ただ、服用したあとで酒を飲むと、その効果がわかるらしい。らしい、と書いたのは、私自身まだそれを体験していないからだ。薬の効果がわかるのは酒を飲んでしまったとき、つまり断酒が失敗したときだけ。

 なんだかスパイが自決用に奥歯に仕込んだ毒薬みたいなもので、本当に効くのか試してみたくなるけど、試してしまったら死んでしまうので試せない、というジレンマのようなものがある。

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 専門的なしくみはわからない(病院の勉強会で教えてもらったはずなのだが、忘れてしまった)が、抗酒剤は体内で酒を分解する酵素などの働きを阻害し、その結果、飲酒すると猛烈な二日酔いに似た状態になる。顔は紅潮し、心臓はバクバク破裂寸前になり、、悪寒、はきけ、頭痛などに襲われる(らしい)。

 抗酒剤の効き方には個人差があるらしく、作家の中島らもはほとんど効かなかったとエッセイで書いていた。

 もちろんとても効いたという人も多く、たいていは懲りて 「もう酒は飲まない」 と誓うが、なかには 「もう抗酒剤は飲まない」 と誓ってしまう人もいるそうだ。

 アルコール依存症を治療する病院では以前、抗酒剤の効き目を実感してもらうため、実際に院内で酒を飲ませていたことがあったという。入院中だから具合が悪くなっても安心だし、よい方法だと思うのだが、アルコール依存症の治療をする病院のなかで酒を飲ませるのはいかがなものかということになり、現在では行われていない。 ちょっと残念だ。

 抗酒剤には粉末のノックビンと、液体のシアナマイドがあり、ノックビンの方が効き目が長く、やめても一週間くらいは効果が残るという。携帯にも便利なので、私はノックビンを飲んでいる。久里浜駅周辺の処方箋薬局には常備されているが、町の処方箋薬局に置いてあるかどうかは不明。あまりメジャーな薬でないことだけは確かだが、もちろん保険適用なので、けっして高価な薬ではない。

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 効き方が強烈なだけに、抗酒剤の副作用を心配して服用をためらう人は多い。実際、肝硬変の人には処方しないのだから、肝臓には何らかの負担がかかるのかもしれない。医師によれば、体質的に合わない人は服用して二週間以内に発疹などの症状が出るのでわかるというし、服用中は定期的に血液検査をするようにも勧めている。

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 私は抗酒剤を服用している。

 アルコール依存症は病気であり、病気は医師を信頼し、必要ならば薬を飲んで治すものだと思うからだ。

 癌や成人病などに関しては病院に言われるままの人が多いのに、アルコール依存症は意志の弱さの問題みたいに思われているところがある。まず、この認識を変えることだ。

 私はカバンのなかにいつも抗酒剤を入れている。たまたま薬を飲み忘れた日に、どうしても宴席に出なければならなくなったとき、飲酒欲求に負けないための予防として。

 でも、できれば一年後くらいには、抗酒剤を持っているだけで断酒が続けられるようになっていたい。

 

 

 

 

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2006年3月13日 (月)

断酒記念日

 断酒を決めてから今日でちょうど半年がたった。

 もう半年、というより、まだ半年という意識のほうが強い。

 だいたいその半分は入院していたわけだし、余裕なんて全然ないのである。

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 こんな話を聞いたことがある。

 ある男が十年間断酒を続けていた。酒で家庭が崩壊しかけたのがきっかけだった。その甲斐あって家族関係は修復され、やがて娘の結婚式を迎えることとなった。

 祝いの席で、男は十年ぶりに酒を飲んだ。

 もとのアル中に戻るのにひと月とかからなかった。 

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 最初は酒飲みを脅かすためのつくり話くらいに思っていたのだが、久里浜アルコール症センターに入院し、実際に同じような体験談を何人かから聞いた。アルコール依存症は再発する。しかもかなりの確率で。酒をやめる方法はひとつしかない。二度と酒を口にしないこと、だ。

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 ぼくが断酒を決心したのは、鬱病で入院した順天堂病院メンタルヘルス科で、アルコールによって萎縮した自分の脳のCTS画像を見せられたのが最終的なきっかけだった。  こりゃあかん、もう飲めないな、と思った。無頼をきどってみたって、ボケたらおしまいだ。

 だけど自分ひとりで決めただけではなんだかさみしい。

 ちょうど翌日、お気に入りの看護婦さんがぼくの担当だった。

 ぼくは断酒を宣言し、記念に指切りをしてもらった。

 2005年9月13日。ぼくの断酒記念日

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 断酒から何日とか、何年たったとかいうのは続けていく励みになる。

 できたら断酒記念日は、誰かに宣言してしまったほうがいい、とぼくは思う。

 

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2006年3月10日 (金)

「アル中」度チェック

 久里浜アルコール症センターで教えてもらったところによると、アルコール依存症の定義は「飲酒をコントロールできない」状態のことだという。

 よく、おれは乱れないから依存症ではない、と思っている人がいる(自分もそうだった)が、依存症と酒乱は別のもの。専門医にかかればアルコール依存症と診断される人は意外と多い。

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久里浜式アルコール依存症スクリーニングテスト

 久里浜センターで考案されたアルコール依存症のチェック方法がある。

 最近六ヶ月の間に次のようなことがありましたか。

1.酒が原因で、大切な人(家族や友人)との人間関係にひびがはいったことがある。

     ある。(3.7)

     ない。(-1.1)

2.せめて今日だけは酒を飲むまいと思っていても、つい飲んでしまうことが多い。

     あてはまる。(3.2)

     あてはまらない。(-1.1)

3.周囲の人(家族、友人、上役など)から大酒飲みと非難されたことがある。

     ある。(2.3)

     ない。(-0.8)

4.適量でやめようと思っても、つい酔いつぶれるまで飲んでしまう。

     あてはまる。(2.2)

     あてはまらない。(-0.7)

5.酒を飲んだ翌朝に、前夜のことをところどころ思い出せないことがしばしばある。

     あてはまる。(2.1)

     あてはまらない。(-0.7)

6.休日には、ほとんどいつも朝から酒を飲む。

     あてはまる。(1.7)

     あてはまらない。(-0.4)

7.二日酔いで仕事を休んだり、大事な約束を守らなかったりしたことがときどきある。

     あてはまる。(1.5)

     あてはまらない(-0.5)

8.糖尿病、肝臓病、または心臓病と診断されたり、その治療を受けたことがある。

     ある。(1.2)

     ない。(-0.2)

9.酒がきれたときに、汗が出たり、手がふるえたり、いらいらや不眠など苦しいことがある。

     ある。(0.8)

     ない。(-0.2)

10.商売や仕事上の必要で飲む。

     よくある。(0.7)

     ときどきある。(0)

     めったにない・ない。(-0.2)

11.酒を飲まないと寝つけないことが多い。

     あてはまる。(0.7)

     あてはまらない。(-0.1)

12.ほとんど毎日三合以上の晩酌(ウイスキーなら四分の一本以上、ビールなら三本以上)をしている。

     あてはまる。(0.6)

     あてはまらない。(-0.1)

13.酒の席の失敗で警察のやっかいになったことがある。

     ある。(0.5)

     ない。(0)

14.酔うといつも怒りっぽくなる。 

     あてはまる。(0.1)

     あてはまらない。(0)

判定方法

総合点……判定(グループ名)

2点以上……きわめて問題多い(重篤問題飲酒群)

2~0点……問題あり(問題飲酒群)

0~-5点……まあまあ正常(問題飲酒予備群)

-5点以下……まったく正常(正常飲酒群)

2006年3月 7日 (火)

アルコールで脳が縮んだ!!

 はじめまして。今日からブログをはじめます。テーマは断酒。お酒をやめようかと考えている人、家族のお酒に困っている人に読んでもらいたいけど、本当は自分の断酒への確認行為かもしれません。断酒には終わりがありませんから。

 ぼくがアルコールをやめている理由。肝臓が壊れかけたとか、仕事に支障がでてきたとかいろいろあるけれど、ほんとの一番の理由は脳の萎縮。

 きっかけは鬱病でお茶の水の順天堂病院に入院したこと。まず血液検査があって、肝臓に異常値がでた。肝臓についてはアルコールを飲む人ならみんな興味があると思うので、別の機会に詳しく書きます。で、つぎに脳のCTSを撮ったら、脳が縮んでいるといわれ、その画像を見せられたのだけど、説明されると確かに頭蓋骨と脳の間に隙間ができているんですね。

 先生いわく、

10~15歳年とった状態です」

 がーん。ショックでした。    人生終わった、と思いました。   本気で。

 あとから久里浜アルコール症センターという病院で教わったのだけれど、加齢によって脳は縮んでいくけれど、アルコールによっても脳は萎縮するそうです。ぼくのイメージだと、ホルマリン漬けの標本が実物より縮んでるみたいな感じ。いやなイメージでしょ。

 鬱も、気分が沈んでいるからアルコールを飲む→アルコールで脳がダメージを受ける→よけい気分が沈む、という悪循環におちいっていたんです。アルコールと鬱との間には確かな因果関係があるそうです。鬱でアルコールに逃げている人は、まずお酒をやめてみることです。もし安定剤とか飲みながらお酒も飲んでいたらかなりの確率で脳が壊れ、鬱も進行すると思います。

 幸い、アルコールで萎縮した脳は、断酒すればだいたい3年で回復するそうです。もちろん個人差はあるし、ぼくが回復するという保証はないのだけれど、それを聞いて希望が持てました。 

 酒でボケてしまうって、生き方としてかなりみっともないです。漫画の「あぶさん」の最終回が、老人ホームで痴呆症になってるあぶさんの姿だと想像してみてください。それまでの活躍が全部帳消しって気分になりませんか?

 脳は人間の尊厳を守る最後の砦。お酒が飲みたくなったら、あの脳のCTS画像を思い出すようにしています。

 

 

 

 

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